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津地方裁判所四日市支部 昭和48年(ワ)167号 判決

原告 中林妙子

右訴訟代理人弁護士 中村亀雄

右訴訟復代理人弁護士 松葉謙三

同 石坂俊雄

被告 株式会社スズキ自販中部

右訴訟代理人弁護士 山田正武

主文

一、被告は原告に対し、金二七五万一、七九九円及びこれに対する昭和四九年一月九日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。但し、被告が金一〇〇万〇、〇〇〇円の担保を供するときは、右仮執行を免かれることができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六〇〇万〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  労働災害の発生

原告は、スズキ三重販売株式会社に事務員として雇用され、四日市市日永五丁目一の三所在の同会社四日市営業所に勤務していたが、昭和四八年一月一三日午前一一時三〇分頃同営業所のごみ焼場所とされていた同営業所裏庭において、原告の所属事務所から出た不用カタログや紙くず等のごみを焼却すべく、これを従前の焼け残りのごみの上に積み重ねるように捨ててマッチで火をつけ燃やしていたところ、右従前の焼け残りのごみの中に入っていたガススプレーとおぼしい物が突然爆発し、右焼却場所から一メートル位離れて立っていた原告の両足のストッキングに火が燃え移り、よって原告は両下肢に熱傷を負った。

≪以下事実省略≫

理由

一、本件労働災害と責任原因

1  請求原因1の事実、及び本件事故当時原告が雇用されていたスズキ三重販売株式会社が、従業員たる原告に対し、雇用契約上の安全保障義務を負担していたことは当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫によれば、本件事故当時同会社の四日市営業所では、日々各課の事務所から出る不用包装資材や、古カタログ等の反古、あるいはその他のごみくず等の廃棄物の始末は、別段これを担当する専門の係員を指定することなく、各課の職員が適宜処理しており、原告の所属していた販売課では、古カタログ等小さな廃棄物や、ごみくず等の焼却は、日頃から原告ら女子職員がこれを行っており、このような作業は原告の同営業所における業務の一環となっていたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。

3  ところで、≪証拠省略≫を併せると、本件事故当時同営業所では、その裏庭の一角に、右のようなごみくずなどを焼却するための焼却炉が一基備えられており、右焼却炉は、太陽アルタイト工業株式会社製の「アルタイトゴミ焼却器」と称される金属製のもので、その大きさは、本体の高さ約八〇センチメートル、本体内径約三六センチメートル、容積六七リットルで、中家族用として市販されているものであったが、これは、同営業所のような自動車販売会社営業所等日々相当量の廃棄物の焼却を必要とする事業所で使用するものとしては、必ずしも十分な大きさのものであったとは認められず、さらに右焼却炉は、本件事故当時その煙突が途中で折れ、内部のロストルも一部破損するなどして、機能的にかなり支障をきたしており、容易に有効な利用ができ難い状態であったこと、したがって、当時同営業所では、粗大廃棄物の焼却には勿論右焼却炉が利用できないため、従業員は、焼却炉の附近の屋外の平地でこれを焼却しており、また女子職員らが比較的小量の廃棄物やごみ等を焼却するに際しても、しばしば使用に不便な右の焼却炉を利用せず、右焼却炉附近の従前の焼却跡などで、本件事故時の原告のように、従前の焼却物の燃えがらの上に当日の新たな焼却物を積み重ねて焼却を行うことがあったこと、このような方法で廃棄物の焼却が行われていることは、同営業所の幹部職員らも知っていて、これを特に禁止はしていなかったこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そうして、右のように、屋外である同営業所裏庭の平地を、焼却場として継続的に利用するときは、従前の焼却物の残滓の中あるいは当日の新たなごみくず等の廃棄物の中に、誰かが不用意に捨てた、本件事故時の爆発物であったと推測されるガススプレー等の危険物が混入することなども考えられ、そのような場合、本件のような事故が発生し得ることは予測されなくもないことであって、してみれば、前記会社としては、このような事故を未然に防ぐため、より機能的な大型の事業所用焼却炉を設置して常に整備につとめ、あるいはまたコンクリートブロック等で囲んだ安全な焼却場をしつらえるなど、原告ら従業員の廃棄物焼却作業が安全に遂行できるよう、同営業所の物的設備を整えるべき、前記雇用契約上の安全保障義務があったと認められるところ、前認定の事実にてらし、また本件全証拠によるも、本件事故当時同会社が右の義務を十分に履行していたことを認めることはできない(因みに、≪証拠省略≫によれば、同会社は本件事故後間もなく、前記焼却炉附近に、新たにコンクリートブロックを積んで囲んだ焼却場を設備し、前記焼却炉は取り去っている事実が認められる。なお、右会社の義務履行の事実の立証責任は、これが雇用契約上の使用者の債務であってみれば、使用者たる同会社側の負担に帰するものと考えられる)。

4  以上によれば、本件事故の発生については、なお原告にも後記認定のとおりの過失があるとしても、同事故は、前記会社が雇用契約上の安全保障義務に基づく、十分な物的設備の整備を怠った結果、原告が危険な屋外の平地での焼却作業に従事していたために発生したものと認められるから、同会社は、原告主張のその余の責任原因につき判断するまでもなく、本件事故によって生じた原告の損害を賠償する責任がある。

5  被告が、昭和四九年七月三日前記スズキ三重販売株式会社を合併し、同会社の権利義務を包括的に承継した事実は当事者間に争いがない。

二、原告の傷害の部位・程度と治療経過、並びに後遺障害

≪証拠省略≫を併せると、次の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

原告は、本件事故により、両下肢に第二度、第三度の高度の熱傷を負い、また事故の際下肢のストッキングに燃え移った火の粉を振り払おうとして両手背にも火傷を負って、直ちに市立四日市病院に入院し、治療を受けたが、両下肢の熱傷后ケロイド、拘縮、潰等の症状がかなりひどく、同病院においてはこれらの対症療法として手術を行うことの是非を決しられないまま、昭和四八年三月一四日原告は一旦同病院を退院して、同年四月一一日まで同病院に通院し治療を継続していたが、その後同月一四日中京病院に転医し、入院室の空くのを待って同年七月五日同病院に入院し、右下肢に植皮手術などを受けて同年八月八日退院し、以後昭和五〇年一月二五日まで通院治療を続け、同日頃症状はほぼ固定し、両下肢のケロイドはかなり軽快したが、なお後遺症として、両下肢の二分の一以上の部分に瘢痕が残り、右の障害は、労働基準法施行規則別表身体障害等級第一二級に相当するものと認められる。

そうして、原告は、右市立四日市病院での入院中約一か月間付添看護を要し、その間原告の叔母の伊藤品子の付添看護を受け、また中京病院での入院中は一五日間以上付添看護を要し、その間その頃原告の父の後妻となった弓矢やす子の付添看護を受けた。

三、損害

本件事故により原告には次の各損害が生じたことが認められ、この認定を覆えすに足る証拠はない。

1  付添看護費及び入院諸雑費 金一一万五、九〇〇円

≪証拠省略≫によれば、原告は、前記市立四日市病院における伊藤品子の付添看護費として金五万〇、〇〇〇円の支出を要し、また前記中京病院における弓矢やす子の付添看護費については、これを一日当り一、七〇〇円の割合による一五日分として金二万五、五〇〇円と認めるのが相当である。さらに原告の前記市立四日市病院並びに中京病院の入院期間中の諸雑費は、これを一日当り四〇〇円の割合による九六日分計金三万八、四〇〇円を下廻らないものと認めることができる。以上合計金一一万五、九〇〇円となる。

2  逸失利益 金一三七万三、八四九円

原告は、本件事故当時二二歳の女性で、≪証拠省略≫によれば、当時原告は前記会社から、原告主張の月額金三万七、二二二円を下廻らない給与収入を得ていたことが認められる。しかしながら、原告は本件事故による前記後遺障害により、事故後六三歳に達するまでの四一年間に亘ってその一四パーセントに相当する労働能力を喪失したものと認めることができるので、その間の右逸失利益総額を、ホフマン式(年別複式)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、これをその事故時における現価にひきなおして求めると、次式のとおりの金額となる(円未満切捨)。

37,222円×12(月)×21.970×0.141,373,849円

3  慰謝料 金一七〇万〇、〇〇〇円

本件事故当時二二歳の独身女性であった原告が、同事故により両下肢に前記高度のケロイドを生ずる火傷を負ったことによる肉体的、精神的苦痛は察するに余りあるが、前記治療経過及び後遺障害の程度その他諸般の事情を考慮して、右苦痛を慰謝するに相当な金額を勘案すると次のとおりとなる。

傷害に対する慰謝料 金七〇万〇、〇〇〇円

後遺障害に対する慰謝料 金一〇〇万〇、〇〇〇円

四、過失相殺

以上の原告の損害合計額は金三一八万九、七四九円となるところ、本件事故の発生については、原告においても、前記のとおり危険な屋外の平地上でごみ等の焼却を行うに当り、従前の焼却物の残滓の上で焼却を始めるのであれば、右残滓の中にガススプレー等の危険な不純物が混入していないかどうかを一応確めたうえ、当日のごみ等を捨てて点火するなどの注意を尽すべきであったと考えられるところ、原告にはこのような注意を怠った過失が認められるので、この点を斟酌すると、原告の右損害については、その内八〇パーセント相当額の金二五五万一、七九九円の限度で被告に賠償を求め得るものとするのが相当である。

五、弁護士費用

本件訴訟の難易、及びその追行の経過、並びに原告の請求認容額等に照すと、原告が被告に負担を求め得る原告の本訴弁護士費用は、金二〇万〇、〇〇〇円をもってするを相当と思料される。

六、結論

以上のところから、原告の本訴請求は、被告に対し金二七五万一、七九九円とこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四九年一月九日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言及びその免脱の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用し、よって主文のとおり判決する。

(裁判官 大西秀雄)

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